学校も福祉も医療も、みんなで支える ― 異なる立場がつながるとき、子どものこころは回復するー多職種連携について児童精神科医が解説します
はじめに
こんにちは。江戸川篠崎こどもと大人のメンタルクリニック、院長の三木敏功(児童精神科医 子どものこころ専門医)です。
私はこれまで18年にわたり、児童精神科医として、子どもたちとそのご家族、そして学校・福祉・医療・心理・司法といった多様な支援者と関わりながら診療を続けてきました。
その中で痛感しているのは、一人の医師だけでは、決して十分な支援はできないということです。
子どもの心の問題は、医学的な診断だけでは語り尽くせません。むしろ「生活」「関係」「制度」といった環境的要因と深く結びついており、そこに関わる支援者の視点があってこそ、初めて“実効性ある支援”が動き出すのです。
本稿では、私が診療の現場で日々感じている多職種連携の意義について、特に脳科学と心理学の視点からお伝えしたいと思います。
1. 多職種連携とは何か ― 異文化の交差点
「医療」「教育」「福祉」「司法」「心理」「家庭」。
それぞれの領域は、目的も手法も文化も異なります。
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領域 |
支援の焦点 |
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医療 |
症状の診断と軽減(治療) |
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教育 |
集団適応・学びの継続 |
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福祉 |
日常生活の安定と権利擁護 |
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司法 |
社会的秩序と安全保障 |
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心理 |
内面の理解と情緒的支援 |
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家庭 |
子どもと最も長く過ごす生活基盤 |
これらの視点は決して対立するものではありません。
しかし、“支援の正義”が違うことで、意図せぬ誤解やすれ違いが生じるのです。
たとえば、医療者は「診断」に価値を置きますが、教育者にとって重要なのは「今この子が教室でどう過ごしているか」です。
司法の関係者は「社会的責任」に重点を置き、心理職は「本人の語り」に丁寧に寄り添います。
そして、家庭は「今この瞬間の生活」を何より優先せざるを得ません。
この“文化の違い”を乗り越えるためには、「異文化間の対話」が必要です。
多職種連携とは、情報を共有することではなく、異なる視点をすり合わせ、共通の言語で支援を組み立てていく営みなのです。
2. 脳科学から見た多職種連携の必要性― 子どもの「脳の発達」と「支援の環境」は切り離せない ―
多職種連携の必要性を「脳科学」の視点から語ることには、大きな意味があります。
なぜなら、子どもの心の問題や行動の背景には、脳の発達段階と環境への適応メカニズムが密接に関係しており、そこに関わる支援者たちの役割が神経ネットワークの育ちに直結しているからです。
● 発達脳科学が示す“支援の意義”
近年の脳科学では、以下のことが明らかになっています:
- 脳は経験によって再構築される(神経可塑性)
- 情緒調整や自己制御の能力は、他者との関係性の中で発達する
- ストレスやトラウマは、発達中の脳構造と機能に影響を及ぼす
たとえば、前頭前野(感情や行動の調整)、扁桃体(恐怖・警戒のセンサー)、視床下部-下垂体-副腎系(ストレス反応系)は、子ども時代に外部からの関わりによって機能が強化されたり逆に過敏になったりします。
● 安定した環境こそが、脳の発達を支える
脳科学的には、「安全」「予測可能」「一貫性」が脳の発達において極めて重要とされています。これは神経生理学的にも支持されています。
・子どもの脳が安定して機能するために必要な6つの支援と脳の反応
子どもの脳が安心して働くためには、「環境」と「関係性」によるサポートが欠かせません。以下は、各職種による支援と、それが脳に与える影響をまとめたものです。
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支援内容 |
脳科学的な効果・関連部位 |
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安定した担任の存在 |
前頭前野と扁桃体の連携が安定し、情緒調整機能が高まる |
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家庭での予測可能な日課 |
HPA軸(視床下部–下垂体–副腎系)の過剰なストレス反応が抑制される |
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診察室での肯定的な関わり |
報酬系(側坐核)が活性化し、「安心」として記憶される |
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福祉職による生活支援 |
環境安定によりストレス閾値が高まり、過剰反応が減少する |
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心理職による面接・情緒評価 |
情緒の整理と自己理解が進み、自己調整力(前頭前野)が育つ |
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司法職による法的保護 |
予測可能な安全の確保が、PTSDの再発や悪化を防ぐ |
このような支援は、単独の職種では実現できません。
「多職種連携」によって支援が重なり合うことで、初めて脳の“安心システム”が機能し、子どもが本来持つ力が発揮されていきます。
● 「脳の安心システム」を支えるのは連携である
私たちが「落ち着いて考えられる」「人の話を聞ける」「我慢ができる」――これらの力は、脳のシステムが安心状態にあるときにはじめて機能します。
しかし、安心状態を生むのは薬や訓練だけではありません。
関係性の重なりこそが、脳の“安全回路”を強化する最大の要因です。
たとえば:
- 担任との関係が安定すれば、教室の中でも扁桃体の過活動が抑えられる
- 支援者が継続的に関わることで、前頭前野の機能が強まり、「感情のブレーキ」が効くようになる
- 精神科医が子どもに「薬は調整してるよ」「少なくしていこう」と伝えることも、「予測可能性の提供」であり、安心の神経系を支える
● 神経可塑性 × 多職種連携 = 回復力(レジリエンス)
発達脳科学が教えてくれるもう一つの重要な点は、脳は“今からでも変われる”ということです。
この「神経可塑性」は、支援者にとって最も希望を感じられる根拠の一つです。
そしてこの変化を引き出す鍵が、「関係性の密度」と「支援の一貫性」です。
そのために必要なのが、多職種が連携して支援を重ねることなのです。
- 医師の診断・治療方針
- 学校での接し方や学習支援
- 福祉職による生活全体の調整
- 心理職による情緒的な安全基地
- 司法職による法的安定性と権利保護
これらが「神経ネットワークの再構築」を可能にし、その子の“脳が本来持っている力”を回復させるのです。
● 「行動」だけを見ない支援へ
脳科学の視点は、目の前の「問題行動」や「困り感」に直結するのではなく、その背景にある“脳の状態”を想像する手がかりを支援者に与えてくれます。
- 暴れる子ども=自制できないのではなく、前頭前野と扁桃体のバランスが崩れている
- 無気力な子ども=怠けているのではなく、報酬系の活動が低下している状態
- 理解力の乏しい子ども=知的水準の問題でなく、ワーキングメモリの過負荷かもしれない
こうした「脳の視点」が、多職種の支援を評価ではなく理解へと向かわせる道筋になります。
なぜ“脳科学”が連携を後押しするのか?
・医療・教育・福祉・司法・心理の各職種がバラバラでは、脳の安心は育たない
・支援の“連続性”が、神経ネットワークの“修復力”につながる
→だからこそ、多職種が「安心という共通ゴール」に向かうことが、脳の回復において不可欠なのです。
3. 心理学から見た連携の意義 ― 多面的アセスメントの力
心理学においては、単一の情報源からの判断はリスクが高いとされます。
WISCやPARS、CBCLなどの検査であっても、子どもの理解には以下の情報が必要です:
- 学校での様子(担任の観察)
- 家庭でのふるまい(保護者の語り)
- 医療面での所見(身体症状・薬の影響)
- 心理職の主観的印象(情緒の流れ、語られない心)
つまり、医師・教員・心理職・福祉職などが、お互いの情報を尊重し合うことこそが「多面的アセスメント」を可能にし、誤解や過剰介入を防ぐ鍵なのです。
4. 実例:多職種連携が「転落」を防ぎ、子どもの尊厳を守ったケース
ある中学2年生の男子生徒。(架空のケースです)
家庭では保護者による心理的な叱責が続いており、学校では無気力と反抗を繰り返し、学業・生活態度ともに著しく低下していました。
当院への紹介は、学校からの「支援が限界に近い」という相談をきっかけに行われました。
● 最初に動いたのは学校
担任教師は、生徒の遅刻・居眠り・課題未提出が続く中でも、「彼は何かを諦めているように見える」と感じていたそうです。校内のスクールカウンセラーが間に入り、本人との非公式な面談を重ねたところ、
「家に帰るのがつらい。何を言っても怒られる。どうしたらいいかわからない」
という言葉が漏れました。
● 医療と心理の連携
スクールカウンセラーからの依頼を受け、当院に紹介。受診当初、本人はほとんど発語がありませんでしたが、臨床的所見と問診の中で、「抑うつ気分」「緊張による身体症状」「自責的思考」が明らかとなりました。
児童精神科医として、私はトラウマ関連症状の可能性も含めて福祉的な連携を急ぐ必要性を感じました。
● 福祉職との連携が転機に
児童相談所の福祉司との連携では、家庭での「暴言」「叱責による支配」「深夜の生活環境の不安定さ」が明らかに。
面接のなかで、本人の「家にいたくない」という希望が初めて言葉として確認されました。
しかし、母親は「うちには問題ない」「言って聞かせているだけ」と主張し、家庭内での関係修復は難航しました。
ここで福祉司は、「本人の意思の尊重」と「緊急保護の選択肢」も視野に入れながら、心理士・学校・医療との継続的なケース検討会を提案。
本人の同意を得ながら、母子分離をせずに支援体制を整える方針が協議されました。
● 司法の調整が「安心の枠組み」をつくった
児童相談所のケースが法的側面を帯びるなかで、家庭裁判所調査官の関与が始まりました。
調査官は、「過剰な叱責が心理的虐待にあたる可能性がある」と評価しつつ、保護ではなく家庭支援による改善機会を優先。
家庭に対しては「見守り指導」「定期的な支援会議出席」「本人の福祉施設通所支援の活用」を条件とした、司法的な“枠組みによる支援”が合意されました。
● 結果:本人が「戻れる場所」を取り戻した
それから3ヶ月。本人は週2回の心理面接を継続しつつ、学校では担任と週1回の面談を行う関係性のなかで表情が安定し、少しずつ教室で過ごせる時間が増えていきました。
家庭でも福祉職の定期訪問や支援会議が行われ、母親自身が「私も誰かに頼っていいんだと思った」と涙ながらに話したことが、職員全員に印象的だったと言います。
● 支援職それぞれが果たした役割
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職種 |
果たした役割 |
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担任 |
「異変を感じる」感覚を手放さず、支援につないだ最初の声 |
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スクールカウンセラー |
早期傾聴・心理的評価・安心の場の提供 |
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医師 |
抑うつ状態・心理的外傷の臨床評価、他機関連携の起点 |
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福祉司 |
家庭へのアセスメントと調整、生活環境の再設計 |
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心理職 |
継続的な関係構築と自己理解の支援 |
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司法関係者 |
支援の「枠組み」と「安心のルール」を保証 |
このように、すべての職種が「自分の視点」だけで動かず、「他の専門性を活かす姿勢」を持ったことで、子どもも、家族も、大人たち自身も救われた事例でした。
まさに、「わかり合えない」からこそ手を取り合う異文化連携の力が、真の回復につながったケースと言えるでしょう。
5. 多職種連携が防ぐ「重症化」
精神的な症状の重症化には「気づきの遅れ」が影響します。
- 家庭では「反抗期だ」と思われ
- 学校では「不登校が進行」
- 医療にはつながっていない
- 福祉の情報が届かない
こうした“ほころび”が積み重なると、やがて強制力をもった精神科入院や強制的介入が必要になる事態も起こります。
しかし、支援者間で「違和感」を早期に共有する文化があれば、重症化の予防は十分可能です。
その意味でも、連携は“命綱”なのです。
6. 多職種連携の障壁 ― 「わかりあえなさ」への敬意
多職種連携の最大の難しさは、「立場の違い」そのものです
支援に関わる専門職には、それぞれ異なる文化や論理があります。以下はその一例です。
- 医療者:
専門用語を多用し、医師個人の裁量が大きい。 - 教員:
指導・成長という教育的観点のなかで支援を行う。 - 福祉職:
家族との関係の中で、生活環境の調整や支援を担う。 - 心理職:
個別性を重視し、言語化されない感情を大切にする。
また、根本的な心的課題に注目する。 - 司法関係者:
法的整合性と再発防止を重視し、支援より「判断」を優先しがち。 - 家族:
「支援される側」であると同時に、「生活の現場」で子どもと向き合っている。
このような“文化の違い”が衝突のもとになることもありますが、
そもそも「完全にわかり合う」ことを目指すのではなく、「わからなさ」を前提に対話することが重要です。
つまり、
異文化交流としてのリスペクトと、通訳的対話が必要なのです。
7. まとめ ― 地域で子どもを支える輪を育てよう
子どもを支えるとは、「多様な支援の点をつなぎ、ひとつの線にしていく」営みです。
その線が安心・一貫性・持続性をもって子どもの心を包んだとき、脳は落ち着き、学びと関係の力を取り戻していきます。
多職種連携とは、業務調整ではありません。
それは、ひとりの子どもを真ん中に据えた“チーム支援”という挑戦です。
児童精神科医として、私はこれからも、違いを超えて手を取り合う支援者の輪を、皆さまと一緒に育てていきたいと願っています。
どうか、これからも子どもたちの「未来を信じるチーム」の一員として、共に歩んでいただければ幸いです。
