子ども支援に活かす「脳の三つのモデル」― 感情・行動の背景にある神経系を児童精神科医が解説します
こんにちは。
江戸川篠崎こどもと大人のメンタルクリニック、院長の三木敏功(児童精神科医 子どものこころ専門医)です。
児童精神科医として、日々多くの子どもたちと関わり、福祉・教育・医療の現場で支援者の皆さまと連携してまいりました。
今回のテーマは、子どもの行動や感情の背景にある「脳の働き」を、三つのモデルに分けてわかりやすく解説することです。
この理解は、子どもへの関わり方を根本から変える「支援者の視点」を養います。
【目次】
- はじめに:なぜ「脳の理解」が必要か
- モデル①:三層構造モデル(トリアン・ブレイン理論)
- モデル②:情動脳 × 論理脳 × 社会脳モデル
- モデル③:身体・情緒・認知の三位一体モデル
- 現場での応用:アセスメントと支援にどう活かすか
- おわりに:支援者の「脳のメガネ」が子どもの未来を変える
- 補足:脳の専門用語の説明
- 参考文献・書籍
1. はじめに:なぜ「脳の理解」が必要か
支援現場では、「なぜこの子はこんなに怒りやすいのか?」「なぜいつも同じことでつまずくのか?」といった疑問が絶えません。
私たちはつい「しつけが足りないのでは?」「本人の努力が足りないのでは?」と“本人の性格”に問題を見出しがちです。
しかし、実際にはそうした“困った行動”の多くが、発達段階や脳機能の特性、ストレスによる神経の過覚醒から生じているのです。
「脳の働き」に目を向けることで、
- 支援者が感情的にならずに対応できる
- 対応の根拠をチームで共有しやすくなる
- 子どもへの理解が深まり、信頼関係が築ける
という、支援の質を根本から変える効果が生まれます。
2. モデル①:三層構造モデル(トリアン・ブレイン理論)
ポール・マクリーンが提唱したこのモデルは、脳を進化の順序に従って3つの階層に分けて捉えるものです。
● 🦎 爬虫類脳(脳幹)
最も古く、生命維持に関わる部分です。
ここが司るのは「生き延びること」。呼吸、心拍、逃走・闘争・凍結反応(いわゆる“本能的な反応”)を担当します。
たとえば:
- 突然叫ぶ
- 暴れる
- 部屋から逃げ出す
- 石のように動かなくなる(フリーズ)
これらは、本人が意図的にしているわけではなく、「危機」と判断した脳幹が自動的に引き起こす反応です。
● 🐶 哺乳類脳(大脳辺縁系)
感情や記憶を司る脳。恐怖、不安、愛着、嫌悪といった「気持ちの動き」はここで処理されます。
不安が強くて物音に敏感だったり、過去のトラウマ記憶に反応して泣き出したりする子どもは、まさにこの脳の反応を表しています。
● 🧑🏫 人間脳(大脳新皮質)
言語や論理、自己制御を担当します。学校での学習や会話、将来のことを考える力はここから生まれます。
しかし、情動や本能の脳が過剰に働いていると、この部分は“シャットダウン”してしまいます。
🔑 結論:「人間脳」は、下の脳が落ち着いてはじめて、きちんと働く
3. モデル②:情動脳 × 論理脳 × 社会脳モデル
このモデルは、近年の発達支援現場で広く活用されている「行動の三方向からの理解」です。
❤️ 情動脳:感情の揺れ動き
- 扁桃体を中心に構成され、不安・怒り・悲しみを素早く処理
- 過去の記憶と結びつきやすく、「におい」や「音」でも発動する
- PTSD、虐待被害の子に多く見られる過敏性
例:「怒鳴り声を聞くと、何もしていなくても泣いてしまう」
🧠 論理脳:考える力
- 計画性、集中力、記憶力、判断力を司る前頭前野
- 宿題を出せない、計画的に行動できない、空気を読まずに突発的な発言をしてしまう等の背景になる
例:「やる気があるのに、時間の使い方が下手で失敗する」
🫂 社会脳:人とのつながり
- 他者の表情、言葉、空気を読む力を司る内側前頭前野・島皮質
- 発達障害の子どもや、愛着障害のある子はここがうまく機能しにくい
例:「何度言っても“友達との距離感”がわからず、トラブルになる」
🧩 ポイント:どの「脳」が主に困っているのかをアセスメントするだけで、対応の方向性が明確になります。
4. モデル③:身体・情緒・認知の三位一体モデル
このモデルは、行動を見たときに、「どの機能がどれくらい影響しているか」を見立てるフレームです。
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領域 |
特徴 |
例 |
支援の方向性 |
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💪 身体 |
感覚過敏、過緊張、睡眠の問題 |
揺れていないと落ち着かない、音に過敏 |
環境調整(光・音・座席)、感覚統合 |
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❤️ 情緒 |
愛着の不安定さ、情緒的トラウマ |
切り替えができない、泣いて暴れる |
安心関係、見通しのある支援 |
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🧠 認知 |
指示理解、記憶、注意の困難 |
話を聞いても覚えていない |
言葉の工夫、視覚支援、反復 |
📌 実際の行動は、これら三領域が複雑に絡んでいます。
特にトラウマや発達障害のある子どもでは、「感情と身体の過敏さ」が認知機能を圧倒していることが多いです。
5. 現場での応用:アセスメントと支援にどう活かすか
―「脳のメガネ」をチームで共有するために―
脳の三つのモデルは、ただの理論ではありません。
それは、現場支援者が“目の前の行動の意味”を再定義し、支援の方向性を見出す実践のツールです。
ここでは、具体的なアセスメント視点と支援実践、さらに多職種連携での使い方に分けてご紹介します。
■ 5-1. 「脳のメガネ」でアセスメントを再構成する
支援者が最も苦慮するのは、「目の前の行動の背景が読み取れない」状態です。
たとえば以下のような場面で、脳の三モデルは有効なヒントを与えてくれます:
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行動 |
従来の見立て |
脳の見立て |
支援の視点 |
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登校時に号泣 |
分離不安、わがまま |
情動脳の過覚醒(過去の恐怖記憶再生) |
ルーティン化・先回りした安心形成 |
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支援中に突然の暴力 |
意図的な問題行動 |
爬虫類脳の「闘争反応」 |
怖さの解除、身体刺激の調整 |
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話を聞けない |
注意散漫・反抗 |
身体過敏 × 認知負荷 |
環境音・刺激のカット、短く視覚で提示 |
🔍 「困っている子ども」ではなく、「困っている脳」を支える発想が、アセスメントの質を変えます。
▶︎ 実例:毎朝、泣き叫んで登校できない小学2年のAくん(架空のケース)
Aくんは、毎朝登校しようとすると、玄関で大声で泣き叫び、ランドセルを投げて母親にしがみついてしまいます。保護者からは「甘えているだけでは」との声があり、学校からも「出席日数が少ない」と課題視されていました。
しかし、チームでアセスメントを行ったところ、Aくんは過去に保育園でのトラウマ体験(閉じ込められた)を抱えており、「学校=恐怖」と関連づけて記憶されていることがわかりました。
情動脳(扁桃体)が朝の準備に反応し、「危険!」と警報を鳴らし、爬虫類脳が「逃げる・泣く・固まる」という行動に至っていたのです。
そこで支援チームは、以下のように対応を見直しました:
- 登校前のルーティンに、安心できる映像を見せる「クールダウン時間」を設定
- 朝の準備工程を絵カードで「見える化」し、選択肢を与える(認知脳への配慮)
- 校門ではなく、保健室登校から始めて、徐々に教室へ段階的移行
📌 結果として、Aくんは約2ヶ月で登校への恐怖が軽減し、落ち着いた登校が可能になりました。
「困った行動」ではなく、「脳の過敏性」として見立てたことが、支援の突破口となりました。
■ 5-2. 見立てと支援の分離 ― 「評価」ではなく「設計」
支援現場では、「この子は○○タイプ」と“ラベル化”して終わってしまうことがあります。
しかし、脳のモデルはあくまで行動の“構造”を見立てるものであり、評価や診断ではありません。
支援者が意識したいのは、
- 何がその子にとっての「安全」であり
- どの段階で脳がオフラインになるのか
- どんな順番で支援すれば、上位脳が働けるか
といった、支援設計のレイヤーです。
📌 たとえば支援設計はこう進みます:
- フリーズ → 安全の確保(身体モデル)
- 泣き叫ぶ → 気持ちの言語化(情動モデル)
- 何も話さない → 書いて伝える・選択肢を渡す(認知モデル)
このように、「どの脳の回路が優位に働いているか」を整理することで、
支援の順番と優先順位が自然と導かれていきます。
▶︎ 実例:話しかけても黙ったまま固まる中学1年のBさん(架空のケース)
Bさんは、先生に注意されたあと黙り込み、指示にも反応せずに“無視している”ように見える行動を繰り返していました。教師からは「反抗的だ」と見られ、保護者も「もっと話せるようになってほしい」と願っていました。
支援チームで見立てたところ、Bさんは“注意される=否定される”と強く感じ取り、扁桃体が過剰に反応する「情動フリーズ」に入っていると判明しました。
このため、チームは支援設計を以下のように変更しました:
- 「注意」より先に「共感」と「肯定」から入る(情動脳の安心)
- 言葉ではなく、選択肢カードやホワイトボードで意思確認(認知脳にアプローチ)
- 数秒〜数十秒の沈黙を許容し、脳が再起動する“待つ支援”を共有
📌 結果、Bさんは徐々に「指示を聞ける時間」が増え、後に「ことばにできないときはホワイトボードに書く」という自己表現のスタイルを確立していきました。
■ 5-3. 「構造化された共感」を支援者チームで共有する
子どもへの対応がブレるとき、チーム内で「その子の見立て」が揃っていないことがほとんどです。
たとえば、心理士は「愛着の問題」と考え、教員は「学習意欲の欠如」と捉え、福祉職は「親子関係の破綻」を主軸に見ている。
ここで脳の三モデルを共通言語とすることで、見立てのブレが格段に減ります。
●「情動脳が過敏なので、まずは安心のルーティンが必要ですね」
●「認知脳がまだ未熟なので、選択肢は2つまでにしましょう」
●「爬虫類脳の防衛反応が出るので、威圧感のない話し方を意識しましょう」
こうした具体的な言葉のやりとりが生まれることで、
チームが「構造化された共感」の土台に立ち、足並みのそろった支援が実現します。
▶︎ 実例:すぐに叩いてしまう小学3年のCくん(架空のケース)
Cくんは、友だちとの遊び中にちょっとしたトラブルで相手を叩いてしまうことが頻発し、学校から何度も注意を受けていました。教員からは「衝動性が強く、反省しない子」と見られていました。
しかし、心理士のアセスメントとともにチームで共有されたのは、「Cくんは表情から相手の感情を読み取ることが難しい」という“社会脳の課題”でした。また、幼少期から家庭内に強い緊張環境があり、扁桃体が過敏に育った影響も推察されました。
そこでチームでは「脳の三モデルに基づく共通見立て」を作成し、連携の土台を整えました。
- 放課後クラブでは「トラブル時の表情絵カード」を導入
- 叩いてしまったときは「まず感情を名前にしてから理由を聞く」手順を全職員で共有
- 家庭には「怒るのではなく、まず“驚いたね”と共感を伝えてほしい」とフィードバック
📌 学校・家庭・福祉の全体で対応が一致したことで、Cくんの行動化は著しく減り、「あの子は“脳がびっくりしてるだけ”って思えるようになった」と支援者からも安心の声があがりました。
■ 5-4. チーム全体での「脳の空気」を整える
ここで、もう一歩進んだ視点をご紹介します。
脳科学では、「感情は伝染する」「他者のストレス状態は脳を通じて影響を与える」ことが証明されています。
つまり、支援者チームの緊張や焦りが、そのまま子どもの神経系に反映されてしまうということです。
この視点から見ると、
支援の質=支援者チームの神経の安定度
という図式も成り立ちます。
📌 実際、以下のような変化をよく見かけます:
- チームが子どもの「行動」ではなく「脳の反応」に注目し始める
→ 対応が柔らかくなり、子どもが落ち着く - あるスタッフが「感情脳に反応してしまう」ことを自覚し、対応を控える
→ トラブルが減り、チームが穏やかになる
これが、私がしばしば強調している
「チーム全体で“脳の空気”を整える」という支援の在り方です。
︎ 実例:職員間の対応がバラバラになっていた児童養護施設のケース(架空のケース)
Dくんは、些細なことですぐに職員に怒鳴ったり、無視したりと極端な反応を見せていました。職員ごとに対応が違い、「優しくすると調子に乗る」「厳しくすると爆発する」と困り果てた状態でした。
このとき、施設長を中心に「チーム内の緊張感=子どもの神経系に影響を与える」ことを共有する勉強会を実施。脳科学に基づいた視点でチームの“感情の空気”を見直しました。
- 職員全員が「Dくんの反応は“脳のスイッチ”」と認識を統一
- 職員同士の声のトーン、視線の合わせ方、接近距離まで統一した「環境整備ルール」を策定
- さらに、職員の休憩タイムや感情チェックシートを導入し、“支援者の脳”を守る体制も構築
📌 Dくんは次第に爆発的な反応をしなくなり、「この人たちは急に変わらないから大丈夫」という信頼が育ちました。支援チームの脳の安定が、子どもに安心を届けた好例です。
■ 5-5. 行動は「失敗」ではなく「神経系の適応」である
最後にお伝えしたいのは、行動を“ミス”としてではなく、その子なりの「適応努力」だったと捉える姿勢です。
- 暴力は、「関係を切らないための最後の手段」かもしれない
- 黙り込むのは、「これ以上刺激を入れないで」という防御反応かもしれない
- 宿題を出さないのは、「不安と羞恥を回避する方法」かもしれない
そう考えるだけで、
⟶ 支援者の心が軽くなり、⟶ 関わりが変わり、⟶ 子どもの反応も変わります。
▶︎ 実例:「遅刻を繰り返す高校生Eさん」への見直し
Eさんは、週に3~4回遅刻を繰り返し、学校では「やる気がない」「生活態度に問題あり」と指導されていました。母親も「高校辞める気?」と苛立ちを募らせていました。
しかし、医療機関での診察と心理検査により、起立性調節障害+過去のいじめトラウマ+注意機能の弱さが見えてきました。つまり、彼女は**「遅刻を繰り返す子」ではなく、「毎朝、自律神経との戦いをしている子」**だったのです。
支援方針は以下のように切り替わりました:
- 起床時の心拍・血圧を測定し、学校にも「医療的理由としての遅刻」を共有
- 母親には「叱るのではなく、“今朝は体がどうだった?”と聞く」よう提案
- 登校後の1時間は「静かな部屋で調整する時間」として対応
📌 「本人なりの適応反応」と捉えなおしたことで、Eさんは「先生や親が理解してくれた」と語り、自発的に登校時間を少しずつ整えるようになりました。
📝まとめ:支援の視点を「脳ベース」に再構成しよう
- 脳の三モデルは、行動の背景理解と支援設計の道しるべになる
- 「評価」ではなく「設計」へ。対応の順番と方法が明確になる
- チームで見立てを共有すれば、支援のブレが減り、共感が深まる
- 子どもの行動は“脳なりの最善の反応”。構造化された理解がカギになる
このように、「脳のモデル」で子どもを見ることは、支援者のまなざしを“評価”から“理解と設計”へと変化させる強力な道具になります
6. おわりに:支援者の「脳のメガネ」が子どもの未来を変える
困った行動の裏にある“見えない脳の反応”に気づけるかどうかは、支援者にとっての大きな分岐点です。
それは、子どもにとっても「理解されている」「守られている」と感じられる重要な出発点となります。
私たちが「脳のメガネ」で世界を見たとき、
支援はより柔らかく、深く、そして希望あるものへと変化します。
7.🧠 専門用語の補足
● 大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)
👉【補足】:脳の内側にある「感情の脳」ともいえる部分。恐怖・不安・怒り・喜びなどの情動反応を司り、過去の記憶と強く結びつきやすい。特に「扁桃体(へんとうたい)」という構造が、危険を察知して身体を守ろうとする働きをする。
🔸本文反映例(モデル①:哺乳類脳):
「感情や記憶を司る大脳辺縁系(=脳の中でも特に“感情”に強く反応する領域)」
● 扁桃体(へんとうたい)
👉【補足】:危険や恐怖をすばやく察知する警報装置のような脳の部位。音やにおい、過去の記憶に反応して不安や怒りを引き起こす。過敏な状態では、「何もしていないのに反応が強すぎる」と見えることも。
🔸本文反映例(モデル②:情動脳):
「扁桃体(=脳の“警報アラーム”のような部分)を中心に構成され…」
● 大脳新皮質(だいのうしんひしつ)
👉【補足】:人間らしい思考や言語、自己制御を担う「考える脳」。状況を判断し、感情をコントロールしながら適切な行動を選ぶために働くが、感情が強すぎると機能が低下してしまう。
🔸本文反映例(モデル①:人間脳):
「言語や論理、自己制御を担う大脳新皮質(=“考える脳”)」
● 前頭前野(ぜんとうぜんや)
👉【補足】:おでこの奥にある“司令塔”のような領域で、計画・集中・我慢などを司る。未発達な子どもでは疲れやすく、強いストレスや不安があると働きづらくなる。
🔸本文反映例(モデル②:論理脳):
「計画性、集中力、判断力などを司る前頭前野(=脳の“司令塔”)」
● 内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや)
👉【補足】:他人の気持ちを想像したり、空気を読んだりするときに使う“共感の脳”。対人関係や社会的なふるまいに関係が深い。
🔸本文反映例(モデル②:社会脳):
「他者の表情や言葉、空気を読む力を司る内側前頭前野(=“共感脳”)」
● 島皮質(とうひしつ・しまひしつ)
👉【補足】:自分の体の内側(心拍・息苦しさ・緊張など)を感じ取るセンサーのような部分。不安を強く感じている子はこの部分が過敏になり、ちょっとした刺激でも強い反応を起こしやすい。
🔸本文反映例(モデル②:社会脳):
「内側前頭前野や島皮質(=体の“感じすぎるセンサー”)が関わる…」
8.📚 参考文献・おすすめ図
- ポール・マクリーン(Triune Brain Theory)
- ダニエル・シーゲル『ティーンの脳』
- 星山麻木『発達が気になる子の「困った」を理解する』
- 熊谷晋一郎『リハビリの夜』
- 松井孝志『トラウマと脳―臨床で使える発達神経科学』
